国際NGOナチュラル・ステップ・インターナショナル日本支部代表
CSRやSRIという概念が日本に入ってきて状況が一変しました。今までナチュラルステップと聞くと汚染の話だとか地球温暖化の話などの専門的な環境保護団体と思われることがよくありました。しかし当初から私たちは環境保全というよりも持続可能な社会の構築ということを常に言ってきました。そして、持続可能性という考えを企業や自治体のトップレベルに理解してもらえるように活動を続けてきました。
ナチュラルステップでは持続可能な社会を構築するための4つのシステム条件を企業や自治体に提案しています。
※詳しくは ナチュラルステップホームページをご覧下さい。
今までは4つ目の条件、つまり社会的な責任の重要さがなかなか理解していただけませんでした。でも4つ目の条件が満たされない限り持続可能にはなりません。たとえば海に浮かんでいる船に4つ穴が開いていて3つ埋めても1つ開いていたら沈んでしまいます。ところが近年急に、CSRという言葉で、4つ目の条件が注目を集め始めています。社会的責任・持続可能な社会ということがようやく言われるようになってきました。これは驚きに値します。こんなにすぐに皆の意識が変わるのかと。私は持続可能な発展のためには企業の環境部だけではなく経営陣のトップレベルが取り組まないとだめだ、経営方針の中核に入ってこなければだめだということを長年言っていました。それがCSRに関してはあっという間にトップに上がり、CSRを社長の直轄の部署にしたいとまで言われたときには、非常に嬉しく思いました。最近では環境報告書やサステナビリティレポートの冒頭の社長の言葉にCSRが入るまでになりました。環境はもう持続可能な発展の中の一部になっています。
私はヨーロッパの中でも特に環境政策が進んでいると言われるスウェーデンに29年住んでいたのですが、今の日本の状況は10年程前のスウェーデンとよく似ていると思います。日本では少し前までは、環境という言葉が新聞に載ることもありませんでしたし、一部の方だけが環境を考えていたという感じでした。97 年に京都で行なわれた地球温暖化サミットの頃から急速に環境への意識が変わってきたと思います。企業も行政も環境問題に対応しなければいけないという状況におかれてやっと盛りあがってきたようです。
今では東京にいるとほとんど毎日のように環境に関するフォーラムやシンポジウムが開催されていますし、インターネットでもいろんな環境情報が溢れています。中でもグローバルな市場を持っている企業の環境への意識は高く、最新の環境情報を持っています。実は私は5年前に日本に戻ってからずっと気にかかっていたことがありました。それは先進的に環境に取り組む企業の環境部の方たちの知識や意識と、一般の人の知識や意識との間には、かなり大きなギャップがあるということです。それをどうやって埋めていくのかというのがこれからの課題だと思います。
日本で消費者としての意識の浸透が遅れた理由として、環境NGOの立場が弱いということが挙げられます。日本では、環境NGOの数は多いのですが、一つ一つの組織は小さく活動に限界があります。
スウェーデンと比較すると、環境NGOの規模は日本とはまったく違います。
スウェーデンには4大環境保護団体があります。ナチュラルステップは会員制度を取っていませんが、会員制度をとっている他の3団体は多い時で、スウェーデン自然保護協会が20万人、グリーンピースが15万人、WWFが10万人の会員数を持っていました。人口が900万人の国でこの数ですから社会的な影響力が大きいことがお分かりになると思います。これらの団体の一般市民や消費者への教育や啓発活動はかなりしっかりしていました。自治体や国も積極的に関わり、96年にはアジェンダ21という環境行動計画を100%自治体でプランをたてて実施し、ボトムアップで、一人ひとりが自分のライフスタイルを変えるシステムづくりをとっていました。
スウェーデンは、持続可能な社会の構築を1世代つまり25年で達成するという目標をたてましたが、そのためには国民すべての考え方が変わらなければ達成できません。ですから、全国民に環境教育をしていかなければならないということから、自治体がNGOと協力しながら意識を改革していくということを進めてきました。学校の環境教育も幼児の頃から行い、環境教育は全ての科目に入れることも決めました。国も法的な支援だけでなく、資金面でも協力しました。NGO も一緒になって取り組んできましたので、全体的な意識は高くなったといえます。
日本の場合は、全体的にはまだ意識があまり高くなっていないと感じます。一部だけが非常に高いのが現状だと思います。そうすると、企業がいくら環境に配慮したものを作っても買ってもらえない、先進的な環境対策をしても誰も誉めてくれない、競合他社との差別化ができないというデメリットがあります。企業が社会・環境に配慮してることをアピールしても、なかなか消費者に信頼してもらえない、半信半疑で見られるというのが現状です。
ですから、信頼のある第三者たとえばNGOが、その企業が本当に持続可能な発展に向かっているのかということを消費者に客観的に伝えていくという役割を果たす必要があると思います。残念ながら今の日本のNGOの組織力ではスウェーデンのNGOのようにその役割を果たすことができないという状態にあると思います。
日本では、NGOの歴史が浅いことも原因にあると思います。しかしNPO法ができて簡単にNPO・NGOが作れるようになりましたが、経済的にどこも苦しい状況にあります。たとえ助成金がもらえたとしても人件費としては使用してはいけないものなどもあります。人件費に使えない助成金ではNGOは育ちません。日本の政府はNGOを育てたくないのではと思うぐらいです。アメリカのように寄付をすると税的に企業にとって有利になるというようなインセンティブがあれば企業がNGOを支援することがもっとできると思います。
私が日本に戻って来て一番驚いたのは、普通NGOが企画するような環境セミナー、子供の環境教育の教材、中には野外教育まで企業が取り組んでいることもあります。もちろんそれはすばらしいことですが、一般の市民に本当に信用してもらえるのかと思います。例えば、教材ですが、その企業の事業に差し障るところは取り上げられていないこともあります。そうすると客観的でない教材になる可能性があります。NGOの役割は企業にできないことをやることだと思います。 NGOには非営利で第三者という立場で活動しているからこそできることがあります。そのようなNGOの役割が社会の中で認められバランスがとれるようになっていけばお互いに良いと思います。今後、NGOが強くなり社会の中でNGOとしての役割をしっかり果たすことができるようになれば、現在存在する国民の間のギャップが埋められるのではと期待しています。そしてこれが日本社会の今後の課題だと思います。
消費者に一番近いスウェーデン自然保護協会というNGOが「鷹のマーク」の環境ラベルを社会に提供しました。スウェーデンにおいて環境ラベルは消費者が環境に配慮した製品を選ぶ上で良いガイダンスとして役立っています。NGOや政府の機関が商品をチェックし合格したものに環境ラベルを付けるシステムです。消費者は環境ラベルが付いているか付いていないかだけで環境に配慮した商品を選ぶことができます。全商品にはまだまだ行き渡っていませんが、一番よく使われる日常商品とされるものから始まって、今、電力や、交通手段や、ホテルのサービスなどだんだんと幅広い商品に広がっています。トイレットペーパーや洗剤に関してはスーパーで環境ラベルが付いていないものを探す方が大変なぐらいです。日本では環境意識が高くなっても、消費者がすぐに環境に優しい商品を選ぶという行動につながらない点も問題です。
環境ラベルには他に、スウェーデンの民間団体でKRAVというオーガニック栽培認定機関があります。スウェーデンでは、最初のころ様々な環境ラベルが市場に出ましたが、国や自治体からの消費者アドバイスや、学校の環境教育の場でも、安心して信頼できる環境ラベルを3つのマークに絞り推薦してきました。国民のほとんどが環境ラベルが何かを知っていて、ほとんどの人がそれを目安に買い物をしています。3つの環境ラベルは「KRAV」と、北欧5カ国共同の委員会 SWANが作っている「白鳥のマーク」と、自然保護協会の「鷹のマーク」です。消費者はこの3つのマークだけ覚えていればいいというわけです。お店に行くとまずKRAVという文字マーク、白鳥か鷹かどっちか鳥のマークを探しなさいというふうに誰にでも分かりやすく啓発をやってきた成果といえると思います。スーパーでは、陳列する際にマークを分かりやすく付けているとか、特別コーナーを設けて説明する店員を配置したところもありました。スーパーに環境の担当者もいましたし徹底してキャンペーンを行なったのです。消費者の意識を高めるためにはNGO、国、自治体、企業が協力して取り組まなければならないと思います。
日本では「エコマーク」がありますが、あまり浸透していないように思います。企業と自治体ではグリーン購入が進んできていますので、その場合、グリーン購入ネットワークの基準を、指針にしています。けれども一般の人にも分かりやすい基準が必要です。一年ほど前日本の政府がオーガニックな農産物を選ぶためのガイダンスとして「JASマーク」を作りました。厳しい基準があって、基準をクリアーした農家がマークを付けて売るシステムになっています。
しかし、今、日本で何が起きているかと言うと、有機農家がJASマークを付けても消費者が選んでくれないと言うのです。そして、お金をかけて「JASマーク」を付ける動機付けがなくなってきて、JASを取ろうとする農家が減ってきていると聞きました。農家の人の話によると、環境で差別化するために、スーパーの方から「JASマーク」の付いた有機野菜を入れたいと言われたそうです。
しかし、有機野菜の中に虫がいる可能性があったり形が悪いといったことを消費者に理解してもらえず売上が低いため結局半年で契約解消ということがよくあるのだそうです。ですから教育・啓発活動が非常に重要なのです。
NGOや自治体、国がもっと「JASマーク」に関してキャンペーンして皆が使えるようにしてオーガニックな農作物の需要を増やす努力が必要だと思います。日本のこれからの課題はいかにして一般の人々の環境意識を高めてガイダンスを与えてあげるか、簡単に選べるようにするかということだと思います。
確実に農地や森林も減っているし、汚染もどんどん増えているし、気候の変動もあるし、人口も増えているし、貧富の差の為にいろんな社会的な問題も起こっています。どんどんと私たちが依存している自然資源は漏斗のように先細りになっている状況です。
その世界観を皆に共有する必要があると思います。私達の社会が漏斗の壁にぶつかっていこうとしている状況を止め、持続可能な社会を構築してゆかなければなりません。
ナチュラルステップが提唱するのはバックキャスティングという手法です。これは最終的な到達目標である「持続可能な社会」が満たすべき原則を「4つのシステム条件」によってまず明確に定義し、環境対策を考える時に常にその対策の妥当性・方向性を検証するコンパスを持ちながら進んでいく方法です。つまり持続可能な社会というのがどういうところなのか明解にする必要があるということです。成功した、あるべき姿から逆算的に行動のプランを立てていくことで、無駄な投資をしたり、全く違う方向に進んでしまうというリスクを避けたりすることができます。このバックキャスティングという手法は、環境問題だけでなく、貧富の差や人権問題等いわゆる社会問題についても同様に活用できると私たちは考えています。
持続可能な社会の明確なビジョンを日本も早く打ち出し、そこに到達するための戦略とアクションプランをたて、ルールを共有していくことが必要ではないかと思っています。ナチュラルステップに何が出来るのかというと、真剣に持続可能な発展を目指し、がんばっている企業や自治体を支援することです。具体的には、私たちが提唱するルールを熟練してもらい、社会が持続可能に発展するために必要な製品や、サービスを提供していくことで経済的にも発展してゆける支援をすることです。同じように自治体にも地域発展という意味で環境や持続可能性というものを考えていってもらうよう支援してゆければと思っています。
国際NGOナチュラル・ステップ・インターナショナル日本支部代表
1999年よりナチュラル・ステップの日本における代表として、企業、自治体の環境対策の支援運動をしている。
著書に「北欧スタイル快適エコ生活のすすめ」共著(オーエス出版社)
「続地球の限界」共著(日科技連出版者)
「日本再生のルールブック」(海象社)
「ナチュラル・チャレンジ」 カール=ヘンリク・ロベール著、高見幸子訳(新評論)
2003年10月31日