社団法人 アムネスティ・インターナショナル日本 事務局長
アムネスティは国際的な人権擁護団体です。人権基準の批准、人権保障の促進、人権教育、人権への意識喚起などにつき、国内外を問わず活動しています。基本的には国連や国際機関の場に世界の市民の声を届ける仕事が中心となっています。
また、各国の政府や非政府組織に対しても声を届けています。最近は特に"VULNERABLE PEOPLE"という社会的に弱い立場にいる人々を助けるための活動に力点が置かれています。
アムネスティの企業に対する取り組みは大きく二つあります。一つは、企業倫理の中で人権問題を取り上げてもらうよう働きかけることです。もう一つは企業が直接人権侵害に関与している場合、それに対して反対することです。
後者については、例えば、政府と企業がタイアップした公共事業などの場合、その地域に住んでいる人々を強制移住させるということが行なわれますが、その過程で、公共事業を反対する勢力を政府軍や民兵組織等が殺害する、あるいは彼らの言う合法的な処刑という形で死刑を適用するといった事件があります。有名な例では、8年ほど前の話ですが、ナイジェリアの少数民族オゴニに起こったシェル石油による石油利権絡みの事件があります。
オゴニは、マングローブ林地帯でエビやカニを養殖したり、魚を獲ったりして生活していましたが、石油採掘の油の影響で生活の場はすっかり汚染されてしまい、オゴニの人達は自分たちの生活を守るために立ち上がり反対運動を起こしました。するとシェル側が軍事政権に頼り、オゴニの人々が軍によって処刑されるという非常に悲惨な結末を迎えました。これは世界的にものすごく大きな問題になり、もちろんアムネスティも先頭を切って立ち上がり、企業が人権侵害に直接関わっていたことで、シェルを激しく非難しました。
ポジティブとネガティブの両方の考え方があります。まず、ポジティブな考え方としては、CSRを通して企業自らが人権の問題を考え始めてきたという点は大いに評価するべきです。一方、ネガティブな考え方としては、CSRは結局、企業の自主努力によってしか担保されないことです。
CSRに法的拘束力がない現段階では、企業は自らが作ったルールで自らを縛っているだけであり、どこかの段階で企業は都合がいいように基準を外れてしまう可能性が残されているのです。人権を守ることは、そういう弱い規制ではなくて、強い規制が必要だと思います。
先進国の企業が発展途上国に生産拠点を移す動きは、グローバリゼーション化の中ではやむを得ない動きだと思います。問題は生産拠点を移した地域の人々の人権を企業がきちんと考えているかということです。日本の企業は「従業員の労働条件を守っています」と簡単に言いますが、下請け企業、海外に移した生産拠点の人々の人権はどうでしょうか。「児童労働を絶対使っていない」と言いますが、海外の下請け、孫請けはどうでしょうか。特に児童労働が盛んなアフリカやアジアの国々では子どもの権利がどのように考えられているのかを企業は、しっかりと把握してほしいと思います。
海外に生産拠点をなぜ移すのかと企業に聞くと、「人件費が安いから」と臆することもなく答えが返ってきますが、それはどこかがおかしいと考えなければいけません。人件費は下に基準を合わせるのではなくて、上に基準を引き上げていくという方向性にあるべきです。また、生産拠点を移した地域で実際に人権侵害が起きている可能性があることを認識してほしいと思います。近年、企業は事業進出した国や地域で自社の社員が安全に仕事ができるがどうかについては注意しているようですが、そこに住んでいる人々の安全・労働環境についてはあまり関心を持っていません。
ダイヤモンドは結婚指輪などに使われる貴重な宝石ということで昔から宝石の王者とされてきました。アフリカのシエラレオネ共和国などで多く産出されていますが、そのダイヤモンドが採掘される現場では、極端に低い賃金で雇われた人々が、軍や反体制の武装勢力に脅されながら無理やり働かされているというのが現状です。ダイヤモンドは生産工程で磨きがかけられ美しく光り輝いていますが、ほとんどは採掘地で強制労働させられている人々の貧困と苦痛に血塗られたものなのです。
それから、最近、問題になっているのは携帯電話やパソコンに使われるタンタル鉱石です。タンタル鉱石の粉末はコンデンサとして携帯電話やノートパソコンといった小型機器の電源の安定化やノイズ除去のために使われています。そのタンタル鉱石を多く産出している地域にアフリカのグレートレイク地域がありますが、タンガニーカ湖という大きな湖を囲んでブルンジ、ルワンダ、コンゴ(旧ザイール)、タンザニア等の各国が、タンタル鉱石の利権に絡んで相互に激しい内戦に突入している状況があります。そのような中でタンタル鉱石を取り扱うヨーロッパの多国籍企業が、反政府勢力グループの支配する鉱山から購入するなど、あらゆる手段を使って鉱石を集め、日本の市場に送り込んでいるわけです。
このような過程を企業は果たしてどこまで理解しているのか、一体どれだけの武力紛争が起きているのを理解しているのかが疑問です。そういったことを理解しないで、社会的な責任を果たしていますということを企業は絶対に言えないはずです。製品やサービスの根源となっている労働力やサプライチェーンに関して、人権の側面からも問題がないかを常に把握した上で行動しなければ、企業は社会的責任を果たしたことにはならないと考えています。
企業の力でできることは3つあります。一つ目は企業内部で人権問題に対する意識を高めてもらうことです。多国籍企業であるということ、あるいは多国籍企業の一部の仕事を担うということは、国際的な人権問題が絡んできて大きな責任を負うことになるという事実をしっかりと意識するべきです。
二つ目は日本政府のODA(Official Development Assistanceの略。政府開発援助と訳し、政府や関係機関が発展途上国の経済発展や福祉向上などを目的に提供する資金や技術援助のこと。プロジェクトが現地の実状に合わず住民や環境にプラスに働かない事例などの弊害が指摘されている。)政策に対して企業の側からも人権の観点を入れるよう進言してもらうことです。
現在のODAは発展途上国での利権闘争が起こる源だと言われかねない状態にあります。ODAの抜本的な見直しが行なわれてはいますが、依然として人権という言葉がきちんと反映される形にはなっていません。ODA全体の枠組みを「人権を守る枠組み」にシフトさせていくことは企業側からのイニシアチブで実現できると考えています。
三つ目は企業の参加を認めている様々な国際機関、例えばAPECやWTOの枠組みの中で国際的な人権基準の設定に対して企業に寄与してもらうことです。
日本では今年3月にイラク戦争反対を訴えるデモを5万人の波となって一般の方々と一緒に行ないました。これは大きな力だったと思いますが、他に世界で起きている様々な問題に対して果たしてこの人たちは何かしようと思うのか、そもそもそういう問題を知っているのかと言うと多分知らないことがほとんどだと思います。
コンゴ民主共和国のイトゥリ地方で、民族衝突が起きていて、何十万という人々が家を追われて逃げ惑い、何万という人々が命を失っていました。そこに国連が人道支援部隊を送ろうとしたのですが、武装勢力によって止められて行けませんでした。これを止めていたのは一体誰かというと15才以下の子ども兵士だったのです。子どもが国連部隊を阻止するといったショッキングな事件が起き、何万人もの人々が援助を受けることなく命を失ってしまいました。
このことは日本では全く報道されていません。今年の5月頃の新聞をご覧になっていただいても分かりますが、その事はどこにも書いてありません。これがやはり驚くべき日本社会の無感覚性というものです。世界のどこで何が起きているのかをなぜもっと知ろうとしないのでしょうか?人権侵害の実態を知らなければ行動にはつながらないのです。サッカーのワールドカップが開催された時、そこで使用したボールが実は強制労働で作られているかもしれないというキャンペーンを行なった人たちがいましたが、こういった身近なところから人権侵害について知ることが重要だと思います。
報道されていました。日本のメディアは世間に「うける」ものでなければニュースにならないと簡単に考えてしまう傾向があります。また、ほとんどの世界的な情報は英語で発信されているため、私たちは日本語の限られた情報にどんどん支配され、世界の中で何が起きているのかを十分に知らない状態に陥っています。世界で飛行機が落ちると日本人が何人乗っていたかというのはよく話題になりますが、日本人が乗っていなかったらそれはニュースにもならないということが言われます。
このように、日本の社会は海外に対しての関心があまりにも希薄なのです。国際的な感覚を持ち合わせていない状態で、企業が多国籍に展開するほど危険なことはありません。多国籍に展開するのであれば当然多国籍的な責任というものを果たすその覚悟は絶対に必要なのです。メディアは世間に「うける」ものしか発信しませんから、それを受け取る側の私たちや企業自身がしっかりとした意識を持ち、変わらなければいけません。
国際的な責任をきちんと果たしているのかどうか企業に対して厳しい目を持って下さい。厳しい目を持つためには、世界で何が起きているのか、人権がどのような状態にあるのかという事をまず知って下さい。ひょっとしたらあなたの結婚指輪は血塗られているかもしれないことに気付いて下さい。あなたがいつも使っている携帯電話は死んだ人々の血で固まったものなのかもしれないということを考えて下さい。
あなたがいつも履いている靴はあなたの子どもが人にひっぱたかれながら作っている靴なのかもしれないということを考えて下さい。そして企業がきちんとそういうことに関して考えているのかということに意識を持って下さい。あなたの意識が企業の行動を変え、世界をより良い方向へと導くことができるのです。
社団法人 アムネスティ・インターナショナル日本 事務局長
学生時代からアムネスティ活動を続け、2001年からはアムネスティ日本の事務局長として活動する。
世界中の人権侵害に対し国際世論を巻き起こして、市民からの声を届ける運動を繰り広げている。
共著に「インターネット法学入門」(日本評論社)
共訳書に「日本の死刑廃止と被拘禁者の人権保障」
(日本評論社)、「入門国際刑事裁判所」(現代人文社)
など。
2003年11月12日