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今の社会は持続可能ではない。

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河口真理子

株式会社大和総研 経営戦略研究所 主任研究員

vol.6 投資が変わる、社会が変わる

ナウシカの”風の谷”とボルシェビキ的思想

河口さんが描く、持続可能な社会(理想的な社会)とはどのような社会でしょうか?どうすれば、持続可能な社会を実現できると思いますか?

私は今の社会は持続可能ではないと考えています。私がイメージする持続可能な社会はアニメ映画「風の谷のナウシカ」に出てくる“風の谷”です。この“風の谷”は文明が一旦崩壊した後、人々が持続可能な方向を探ってできた社会です。もしかしたら今のこの世界も一度崩壊しないと、持続可能な社会の実現を人々が真剣に考えないのではないかと思います。ロシアで1910年代に起こった二つの革命がいい例としてあげられます。最初にあった社会民主労働党「メンシェビキ」による革命は、漸進的改革、つまり今の仕組みを保ちながら少しずつ変えていこうという特権階級にとって痛みの少ない改革でした。しかし、その革命は不成功に終わりました。その後、レーニンが労働者の代表として左派「ボルシェビキ」を率いて全ての特権階級をひっくり返す過激な革命を起こし、見事成功し、ソビエト政府を樹立しました。

ですから、地球環境のことを考えてみて、CO2の排出量を5年後10年後に5%削減できるかどうかといった議論は、とても特権階級メンシェビキ的な発想だと思います。このままの豊かな物質生活を続けていてはいけないと頭の片隅で皆分かってはいるのですが、江戸時代のような生活に戻る勇気はないわけです。われわれ市民一人一人がボルシェビキ的な発想で今の物質文明を全てひっくり返すぐらいの行動を起こさない限り、私たちの未来は暗いものだと感じています。なおこの見方は、最近話題の「カサンドラのジレンマ」でも共通する問題意識と感じました。

やはり持続可能な社会の実現は難しいですか・・・

可能性がないわけではありません。特にこれから世代が変わってくれば、皆の意識、社会の空気が必ず変わるはずです。今は昭和一桁世代や全共闘世代が社会の中枢にいて、決定権を持っています。その世代が一世代でも変われば、CSRや市民社会といった考えがかなり受け入れられやすい時代になるのではないかと思います。言い方が悪いですけれど、今社会の中枢にいる人たちの世代の価値観は『大きいことがいいこと』という高度成長が善でした。また市民社会が成熟していませんでしたから、『お上意識』と『長いものには巻かれろ』という意識があるようです。

政府や権威のあるマスコミが決めたことに素直に従うという傾向があったと思います。しかし、今の若い人々の間ではそういう価値観がなくなってきています。環境問題から、経済成長には懐疑的にならざるを得ないし、成熟社会になって、企業や政府からは離れた独自の価値観、価値基準を持つ人々が増えてきており、社会的な意識は変わりつつあります。

河口さんが研究されているSRIも重要な要素になってくるわけですね。

そうですね。人々の意識が変わりつつある今の大事な時期に、社会に大きな影響力を持つ企業のあり方は極めて重要です。

企業の社会的責任をより推進するためにも、SRI市場の拡大が非常に必要とされています。

日本のSRI市場は・・・

少し詳しくSRIについて教えていただけますか?

SRI(Socially Responsible Investment社会的責任投資)とは、企業の収益性だけでなく、環境への配慮や労働環境の整備等、企業が社会的な責任を果たしているかどうかも評価基準に含めて、投資を行っていこうとする考え方です。従って、企業にCSR(Corporate Social Responsibility企業の社会的責任)活動がなければSRIは存在しません。企業はSRIで評価されるとなると意識してCSR活動に力を入れますから、SRIはCSRを推進するためのドライバーという位置付けになります。

但し、日本の場合、海外と比べてSRI市場がまだ未成熟の段階にあり、企業側が努力してCSRに取り組んでいても、ドライバーにあたる投資家側がほとんど無反応というのが現状です。

海外のSRI市場が日本のSRI市場より活発な背景にはどういった事情があるのでしょうか?

例えば、アメリカのSRI市場ですが、日本と比べ個人投資家層の規模が非常に大きく、SRI的な投資の歴史が長く根付いているという背景があります。SRI が始まったのは米国の教会からです。アメリカの富裕者層で熱心なキリスト教信者にとって、狭義に反するタバコやアルコール会社への投資はふさわしくないという考えからはじまりました。今でも宗教団体はSRIの大きな支持母体の一つです。また、市民運動が盛んであることと個人投資家層が厚いことから、社会運動の一環としてSRIが広がりやすい側面もありました。

また、オランダでは政府がグリーン投資やグリーンセービングの配当を非課税にするなどかなり積極的な税制優遇を行なっているため、SRI市場がとても盛り上がっています。英国では、年金法改正で、年金基金にSRIに関する運用方針の有無の開示を義務付けたことでSRIが広がりました。

まずは投資家教育

日本のSRI市場で課題とされていることは何でしょうか?

日本でSRI市場が大きくなるためには、まず個人投資家層が拡大しなければなりません。多用な価値観を持つ個人投資家層がいて、その中にSRIに共鳴する投資家が何割かいることが理想的なのです。このような土台がない限り、いくらSRI市場を大きくしようとしても無理があります。日本でも社会面に力を入れている企業に関心がある人は増えていますから、まずはそういう人たちへの投資家教育が必要です。「投資って何?」、「投信って何?」、「株と債権どこが違うの?」といったSRIに入る前の基本的な段階のところから理解していないと、最初からSRIファンドと言われても意味が通じません。

ある程度の金融知識を持った個人投資家がもっと育てば、機関投資家が違法なことや不自然なことをしているのをチェックできますから、機関投資家の間にも緊張感が生まれます。私たちの身の回りにあるいろいろな商品のレベルが高いのは日本の消費者が厳しいからです。同じように厳しい個人投資家が増えれば金融商品ももっと良くなり、SRIの発展につながると考えています。

日本の機関投資家がSRIに注目するようになるにはどういったことが望まれますか?

CSR活動に力を入れている会社が企業年金をSRIで運用するようになれば、会社全体としての整合性も取れますし、理想的ではないかと思います。こういったことを企業がひとつの戦略にしない限り、日本の機関投資家はなかなか動きそうにありません。

もし企業年金がSRIで運用されるようになっていけば、SRI市場が自然に機関投資家から注目されるはずです。この分野に関してはこれからどんどん推進していかなければならないと考えています。

本当に社会に貢献できるの?

SRIファンドは本当に社会に貢献することにつながっているのでしょうか?

SRIファンドは、企業が社会的な責任をどう果たしているかという、非経済的な要素も重視して投資銘柄を選ぶものです。省エネ型の商品でも買えば、直接的に影響があって分かりやすいのですが、会社の株を少し買ってその会社が作るモノやサービスがどうなるかというのは間接的で何かすごく遠い話に感じるかもしれません。但し、そういう銘柄を評価しているといったシグナル効果はありますから、他の投資家の興味を引くメッセージにはなります。

また、その社内にいるCSR担当者や環境・社会貢献担当者への応援にもなります。SRIファンドで社会的に高く評価されれば、これら担当者の発言力が社内で増し、会社全体の方向性が変わってくるのではないかと思います。

最後にこの記事をご覧の皆様にメッセージをお願いします。

最近、広告やテレビコマーシャル等で「ひとつの値段で今ならふたつ付いてきます!」といったフレーズをよく見かけます。必要がなければ買わないという価値観は今の世の中ではなくなってきており、ひとつの値段でふたつもらえるのなら得だから当然買うといった価値観になってきています。必要のないものは得でも損でも買わないという判断ができないのに、地球環境をよくするなどまず無理な話ではないかと思います。

これは自分にとっても課題なのですが、本当に幸せになるためには、単に得をすればいいのかということを、問い直さなければいけません。人間としてどう生きたいのか、自分の価値とは何なのかというところを考え直せば、もう少し住みやすい世の中になるのではないでしょうか。

PROFILE

河口真理子

株式会社大和総研 経営戦略研究所 主任研究員

1986年一橋大学大学院修士課程修了(公共経済学、環境経済学専攻)、同年大和証券入社。
外国株式部、投資情報部を経て、1994年大和総研に転籍、企業調査部を経て現在経営戦略研究所主任研究員。
研究テーマ: 環境経営、企業の環境評価、環境会計、環境報告書、社会的責任投資、企業の社会的責任。

環境省環境パフォーマンス検討委員会委員(2000)、環境省「環の暮らし会議」エコライフ検討会メンバー(2002)、東洋経済環境報告書賞審査委員 (1997-2002)、GRI日本フォーラム評議委員、地球文化産業研究所「持続的な社会経済システムと企業の社会的責任」研究会委員(2003)

著書に「環境情報ディスクロージャーと企業戦略」東洋経済新報社(共著)、「環境会計の理論と実践」ぎょうせい(共著)「SRI社会的責任投資入門」日本経済新聞社(共著)

2004年2月20日

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