農林水産省大臣官房環境政策課 資源循環室長
バイオマスとは動物や植物などの生物資源のことで、エネルギーや物質に再生が可能なもののことを指します。身近なものだと家庭ゴミや下水汚泥がこれに該当しますし、林業で発生する木くずや間伐材、畜産業で発生する家畜排せつ物も該当します。
普通だったら捨てられてしまうものが有効利用されるわけです。石油・石炭も、もともとは大昔のバイオマスということになりますが、再生できないということからここでは考えないことにします。
実は、バイオマスが注目されているのは今回が初めてではありません。1970年代に2度のオイルショックを経験してから、石油輸入大国である日本は、エネルギーの節約や石油に代わる新しいエネルギー開発に真剣に取りかかりました。その中で、バイオマスの利用についても考え始めていました。ところが、その後、約20年の間、石油価格が安定的に推移したので、そのままになってしまったという経緯があります。それがなぜ今、これだけ高い関心が寄せられているかの理由として、バイオマスへの4つの期待を挙げることができます。
一つ目の期待は、『温室効果ガスの削減』です。2008年から2012年の京都議定書の第一約束期間に達成しなければならない温室効果ガス削減目標値 (1990年比6%減)への意識・危機感の高まりが背景にあります。バイオマスは植物の光合成によって作り出される有機資源ですから、石油や石炭などの化石資源と違い、太陽と水と植物がある限り永続的に再生できる資源です。また、地下に眠る石油や石炭を地上で燃焼させると大気中の二酸化炭素の一方的な増加を招きますが、バイオマスの場合、燃やしても本来地上に存在する二酸化炭素が循環するだけで、増えも減りもしない、カーボンニュートラルな資源です。そのため、地球温暖化防止に大きく貢献できるわけです。
二つ目の期待は、『循環型社会の形成』です。ゴミの最終処分場は逼迫してきており、有機性の資源を有効活用していくことが求められています。日本の場合、大量の食糧や飼料穀物などを海外からの輸入に頼っています。これは当然、大量の廃棄物をもたらします。バイオマスは、この大量の廃棄物を単純に処分するのではなく、ひとつの資源として捉える試みであり、循環型社会形成を実現するひとつの手段として期待されているのです。
三つ目の期待は、『日本発戦略的産業としての育成』です。環境に関する技術では日本企業は世界をリードしていますから、大きなビジネスチャンスにつながるものと期待されています。
四つ目の期待は、農林水産省が中心になってバイオマスを取りまとめた最大の理由でもある、『農山漁村など地域の活性化』です。バイオマスは田舎に広く点在しており、エネルギー密度としては非常に小さいです。このことは、バイオマスを利用する上での障害のひとつとなっていますが、裏を返せばどこにでもある資源と言えるので、エネルギーの地産地消を実現することができ、地域に新たな産業と雇用を生み出す可能性があります。
農林水産省は、バイオマスの総合的な利用戦略を策定するため、2002年6月に「バイオマス・ニッポン総合戦略プロジェクトチーム」を設置し、私はそのチームの一員として関わってきました。
また2003年の7月からは環境政策課内に資源循環室が設置され、恒常的な組織として資源の有効利用を進めていくことになり、私はその室長を務めています。最近のバイオマス・ニッポン総合戦略についての動きにつきましては、こちらをご覧ください。
北欧の国々では大量のバイオマスを一箇所に集めて効率よく発電しています。中でもスウェーデンでは総エネルギーの2割近くがバイオマスエネルギーで賄われています。一方、ドイツでは農家などの個人が小規模な形でバイオマス発電をしているため、広範囲に点在していると聞いています。
このように、個人レベルでもバイオマス発電を行っている人が多い理由としては、バイオマスで回収した電力を地域の電力会社が高額で買い取る電力供給法がドイツで存在するなど、法の整備が進んでいる点が挙げられます。
ヨーロッパのようなバイオマス利用は日本では厳しいのが現状です。日本は、非常に狭い国土であるにもかかわらず、エネルギー多消費型のライフスタイルが一般化しています。こういった状況下で、どんなに努力しても、たとえば、エネルギー供給量の1割をバイオマスに変えるのは夢物語に近いでしょう。特に、地形も複雑ですから、例えば間伐材をおろしてくるにしてもコストがかかりますし、平坦な農地が少ないですから、エネルギーになるような作物を植えようとしてもなかなか厳しいです。こういったことから考えると、日本でのバイオマス利用には困難な要素が目立ちます。
ただ、他の国と比べると、日本は資源(食料、飼料、紙、建築資材など)についてはかなりの量を輸入していますから、そこから生じる廃棄物をただ燃やしてしまう、ただ捨ててしまうのではなくて、使い尽くしていくということを実践できれば、日本でも十分バイオマスを利用する産業が成立するのではないかと考えています。
外国の真似をそのままするのではなく、日本はそれぞれの地域で一番ふさわしい場所や方法で、何をバイオマスとして集め、そのエネルギーを何に使っていくのかを、創意工夫しながら実施していくことが重要です。その中で、企業の方々にはそういった地域へ、バイオマス利用についての最新技術や情報提供を行っていただきたいと思っています。特に日本企業の技術開発力は世界的にもかなり進んでいますから、企業と行政がうまく力を合わせて進めていければ、わが国の戦略的な産業に発展することができるのではないかと期待しています。
企業ではありませんが、例えば畜産地帯であれば、市町村がある程度関わって、家畜排せつ物を利用してメタンガスを発酵させるという取り組みが全国で増えてきています。また、林業が盛んな秋田県能代市では大量に出る樹皮や木くずを利用して木質バイオマス発電所を森林組合と木材関連業者が一緒になって取り組んでいます。さらに岩手県の葛巻町では木質バイオマス生産施設や利用施設の視察を県外からも積極的に受け入れるために、町を挙げて宿泊施設などを整備して対応しています。
また、企業独自でバイオマスをうまく利用しているところもあります。岡山県真庭地域の銘建工業株式会社では製材工程で発生する木くずを利用して発電をし、工場の消費電力に利用しています。今では地元の電力会社に余った電力を販売しているとも聞いています。
もちろん、NGO、NPOの存在はバイオマスの利用において非常に重要になっています。今、バイオマスの利用を見てみると、かなりボランタリーな部分があると言えます。例えば、廃食用油を集めてきてメチルエステル化して、ディーゼルエンジンの燃料にする「菜の花プロジェクト」という取り組みが様々な場所で実施されています。もともとは閉鎖性水域の水質を保全するために油を下水道に流さず、集めた油で無りん石鹸を作ろうというところから始まった運動でした。
今ではその廃食用油からディーゼルエンジンの燃料が作れるようになっています。しかし、なたね油の廃食油を集めてきて、ディーゼルエンジンの燃料にするとなると、集めてくるところにまだコスト的にかなり厳しいものがあります。これでは軽油との価格競争などとてもできません。現状の課題を乗り越えていくためにも、NPO、NGOの方々のボランタリーな協力が欠かせない状況です。
バイオプラスチックをご存知でしょうか?コーンやイモ類、ビート、サトウキビなどの植物、いわゆる再生可能な資源から得られる乳酸を原料として作られるポリ乳酸をベースにして作られたプラスチックですが、今非常に注目されています。農林水産省の食堂でも2003年11月から試験的にとうもろこし、おがくずなどが原料となったプラスチック食器を導入しました。
バイオプラスチックは、大気中のCO2を吸収して成長した植物資源を原料としていますから、従来の石油系プラスチックに比べ、地球温暖化防止に貢献することができますし、土中の微生物により水とCO2に分解されるという生分解性を付与することもでき、廃棄物処理問題の解決にも役立つ等、非常に環境負荷低減に貢献度の高いものです。日本はプラスチック加工においては世界的に非常に技術力が高いですから今後非常に期待できる分野だと言えます。
そうですね、バイオマスからできてくるものはいろいろな分野に広がっています。コストさえかければ、技術的にはバイオマスにできないことはないとまで言われています。これからは、コストを削減しながらエネルギー、液体燃料、そしてバイオベースのプラスチックといった様々な分野でバイオマスをうまく利用していくことを私たちは進めていきたいと思っています。
しかしながら、バイオマスの普及を進めていくにあたって、やはり農林水産省の一部局だけではできないものであり、各省が協力して取り組んでいくべきプロジェクトであると考えています。実際に技術開発を行なったり、施設の実証展示を行なったりといったことは企業や地方公共団体の方々に負うところが大きいですから、私たち政府はいろいろな支援措置を整備し、NPO・NGOの方々の力もお借りして、普及しやすい環境を整えていきたいと考えています。バイオマスの利用は本当にいいことだと個人的に強く思いますから、言葉が悪いかもしれませんが、「バイオマス馬鹿」と呼ばれるぐらい熱心なバイオマスのファンが日本中にどんどん増えてほしいですね。
農林水産省大臣官房環境政策課 資源循環室長
1979年京都大学農学部卒業、同年4月農林水産省構造改善局資源課入省。
農蚕園芸局農産課課長補佐(土壌保全班担当)、東北農政局農産普及課長、農産園芸局農産課課長補佐(総括及び企画班担当)を経て、2000年6月農産園芸局農産課環境保全型農業対策室長。
2002年6月より大臣官房企画評価課バイオマス・ニッポン総合戦略プロジェクトチーム室長併任。
2003年7月より環境政策課資源循環室室長。
2004年7月9日